安謝地区ブタノール工場 (那覇市安謝)                      2006年11月撮影

  戦前から安謝地区にあったブタノール工場が戦火に曝されて破壊されたもので、砲撃を受けている状況から考えて昭和20年5月9日ではないかと考えられる。ブタノール工場は現在の写真では中央部の赤い屋根の平屋工場、現在のサントリーの工場の位置となる。写真中央部に樹木が見えるが、その景観は戦時下の写真でも確認できる。これは当時の安謝集落北側にあった高地で、米軍は「チャーリーヒル」と呼称した。 5月10日朝から第22海兵連隊第1大隊C中隊が攻撃を担当したが、日本軍(独立第2大隊・機関砲第103大隊)は巧妙に偽装したトーチカとトンネル陣地で米軍を翻弄、C中隊は256名中戦死35名、負傷者68名の損害を出して12日朝(頂上部占位は11日16時15分)にようやく占領することが出来た。5月になって比較的順調に推移した北部戦線(名護地区)からこの南部戦線に投入された第22海兵連隊(第6海兵師団)にとって、この戦闘は日本軍の頑強さを敢えて知らされる戦いとなった。海兵隊の歴史書では「チャーリーヒルの試練」として記述されている。
  現在は工場や住宅地に変貌しているが、「チャーリーヒル」は依然として周囲より20〜30m程高くなった丘として残されている。最後まで熾烈な戦いが続いた頂上部にはマンションが建ち激戦の面影はない。      本編 「安謝川渡河と天久台の戦闘」 を参照