阿嘉島上陸地点の状況 (座間味村阿嘉島)                2006年11月撮影 

  
 
 海を挟んだ正面は慶留間島であり、砲弾の落下状況などから上陸当日、すなわち昭和20年3月26日であると思われる。慶留間島には海上挺進第2戦隊第1中隊が配置されており、その壕や舟艇壕は写真の左奥の谷間になる。第1中隊は最終的には一部住民とともにその谷間に追い込まれほぼ全滅したと言われており、おそらく戦時下の写真が撮られたその瞬間にはまだ生存者がいたのであろう。しかしながら重火器も持たず、海を隔てた阿嘉島に上陸する米軍に為す術はなかったのではないだろうか。 
 現在の写真は阿嘉島のフェリーターミナルである。このターミナルは埋め立てにより建設されたもので、戦時下の海岸線は現在の写真の駐車場付近であり、その場所に米兵が立っていることになる。駐車場の同じ撮影ポイントから撮影すると、橋及び公園の木々が画角に入って慶留間島の稜線がわからなくなるために一段高い後方から撮影した。