天久台から東方面を見る (那覇市上之屋)                   2007年11月撮影

 独立第2大隊・機関砲第103大隊等の守備する天久台は5月13日に台上を完全に制せられ、15日には馬乗り攻撃を受けて全滅した。当時の写真ではその天久台頂上部から東側に広がる独立混成第15連隊第2大隊の西側陣地 (現:泊排水池付近) を攻撃中であることから、5月15日頃の撮影であると思われる。
 この地区の戦闘は「シュガーローフ」の戦闘の陰に隠れて激戦の様相が伝えられることが少ないが、米海兵隊第22海兵連隊第1大隊は15日の作戦会議中に日本軍の砲撃を受けて、第1大隊長戦死・A中隊/B中隊/C中隊長負傷・戦車中隊長負傷と指揮官が一度に死傷して指揮機能を失うなど、那覇市への突入を前に大いに苦戦した。また「シュガーローフ」が簡単に確保占領出来なかったのは、日本軍がこの地区から有効に支援射撃を実施して側方を固め、米軍を「シュガーローフ」に対して正面攻撃をせざるを得ない状況にさせたことも大きな一因である。
 当時の写真の撮影場所は現在は墓地となり、加えて樹木が生い茂り視界が効かないために、現在の写真は近隣のマンション最上階から撮影した。戦時の写真では中央上に左右に走る現国道58号線が見えるが、現在ではビルやマンションが建ち並んでその姿を見ることは出来ない。また戦時の写真左上に明瞭な1本の樹木があり、その右に砲弾の煙が上がっているが、その場所が現在の写真の左に見える白い給水タンクの位置(泊排水池)にあたる。