八重瀬岳(ビッグアップル)  (島尻郡東風平町富盛)               2007年11月撮影

 遠方に見える急峻な山岳は「八重瀬岳」(米軍名ビッグアップル)であり、沖縄第32軍が首里撤退後に与座岳とともに重要な防衛拠点とした地点であった。米軍が向かっている小高い丘が 「石彫大獅子」 のある富盛地区 (「富盛の石彫大獅子」参照) であり、6月11日には日米両軍がこの両方の地形を占領して対峙した。この地区の日本軍は当初南部の港川地区に米軍が上陸することを想定して陣地を構築したために、北から進撃してきた米軍に対しては陣地の大半が役に立たなかった。この八重瀬岳も同様で、写真に見える北斜面の裾野に野戦病院壕などの後方支援施設を構築していたたがために、米軍との戦闘においては急遽構築した陣地で対応せねばならず、その防御力は地形に頼る以外にない状態であった。
 この八重瀬岳は天然の要害ではあったが、台上に水がないという理由で当初守備部隊は麓に部隊を配備したが、沖縄第32軍高級参謀八原大佐がこの処置に激怒して陣地配備を変更させたという経緯がある。
 当時の写真の撮影場所は、現在の写真の撮影場所の10mほど後ろであろうと思われるが、さとうきび畑が生い茂り、その場所からの撮影が不可能であったためにポイントを若干ずらしている。当時も今もほとんど変わらぬ風景である。また八重瀬岳上に見える建物は陸上自衛隊与座分屯地の隊舎である。