比謝橋 (嘉手納町嘉手納)                            2003年1月撮影

        
   国道58号線の比謝川に架かる橋梁である。この地域は昭和20年4月1日の米軍上陸とほぼ同時に占領されている。戦時下の写真左側を見ると、道路が川を渡った後に右折している状況が見られる。現在では道路は曲がることなく真っ直ぐに進んで嘉手納ロータリーに突き当たっているが、戦前は岩山がそびえ立ち、それを迂回するために右折しているのである。米軍はこの道路を真っ直ぐにする工事に早い段階で着手しているが、手前に見える仮設橋が架けられたのは6月初旬である。まだ沖縄戦が行われていた段階であるとすれば、交通の要衝であるにもかかわらず対空処置がなされていないため、すでに日本軍の航空攻撃の脅威はないと判断しているのであろう。戦後捕虜となりこの場所を通ったある日本兵の手記によると、「日本軍の土木技術では削岩できなかった岩山を、米軍が簡単に削岩して直線の道路を建設している様子を見て、その圧倒的な機械力の差を痛感した」とある。
   現在では道路の幅こそ広くなったが、概ねこの周辺の地形は戦時のままである。近年、嘉手納のシンボルであった嘉手納ロータリーも近代化されており、着実に開発の波は押し寄せている。
   左の地図は戦前のものと現在のものを同じ尺度で表示している。比謝川南岸の道路が大きく迂回しているのがわかる。