那覇地方裁判所前(旧那覇労働基準監督署) (那覇市久米2)              2006年11月撮影

 沖縄地方裁判所(戦後は沖縄労働基準監督署)前において第22海兵連隊第2大隊G中隊が攻撃中の写真である。戦闘中の写真であるため、この地域一帯を攻撃した昭和20年5月28日または29日頃のものだと思われる。当時沖縄地方裁判所は北側及び西側に門構えがあったため、そのいずれであるかの判断に迷ったが、1月に撮影した那覇市の航空偵察写真と上記写真の遠景に写っている建物の位置が符合するため北側の門(正門)と判断した。当時手前の道路(正確には若干位置が異なる)には「沖縄電気軌道」(路面電車)が走っており、メインストリートに接した正門であった。  なお、第22海兵連隊第2大隊G中隊は5月12日に安謝地区から将兵215名で戦闘に加入したが、12日の戦闘では1日で中隊長が3回変わるなどの激戦に遭遇、さらに沖縄戦最大の激戦であった安里52高地(米軍名シュガーローフ)の戦闘で5月14日夕刻には50名にまで戦力が低下した。安謝川を渡河したときの中隊長オーウェン・ステヴィン中尉、副中隊長デール・ベイル中尉をはじめとして第1小隊長・第3小隊長を失い、後任の将校もそのほとんどが戦死・負傷後送されている。この写真の時期にはG中隊の大半は後方地域や新兵から補充された将兵で編成されている状況であった。日本軍を圧倒する装備・火力をもってしても、米軍は相当に苦戦を強いられたのである。