フラットトップ(日本軍名 140高地) (那覇市首里石嶺町2丁目)          2007年11月撮影

 フラットトップはその名のとおり、頂上部が平坦なために米軍が名付けた名称である。日本軍は140高地と称し、沖縄本島中央部から首里に接近する米軍を制する極めて重要な位置にあった。写真は北東から見たものであるが、この140高地の左側には150高地・右側には130高地などが連接した強固な陣地帯を形成していた。
 この140高地は最終的には歩兵第22連隊第2大隊(平野隊)が陣地を構えたが、連日の激戦から当地で戦闘が開始された頃にはすでに戦力は3分の1にまで低下していたようで、5月15日に歩兵第32連隊第1大隊(伊東隊)が増援に駆けつけた時には、僅か数名となって壕に籠もった平野隊と接触している。その後、伊東隊が兵を配備して辛うじてその陣形を保つことになった。特に150高地から140高地前面(写真に写っている側)を機関銃でよく制し、斜面を登ってくる米軍を横から射撃して非常に大きな損害を与えている。当時の機関銃射手から直接お話をうかがったところでは、一連射で数十名の米軍兵士が斜面を転げ落ちたと証言している。結局米軍はこの戦闘で大きな損害を被り、1個大隊が予備大隊と交代することになった。日本軍が装備の劣勢をものともせずに米軍と同等以上の戦いを演じたこの場所は、日本軍の精強さ・戦術の巧みさを改めて米軍に知らしめたのである。
 この140高地は当時の戦場の様相を残している貴重な地形であるが、ここ数年内には民間に払い下げられ (現在那覇市市営住宅室管理地) てその姿を消すものと思われる。貴重な戦跡だけに甚だ残念でならない。