福地飛行場 (糸満市福地)                        2007年11月撮影

 福地飛行場は沖縄戦末期に戦傷者の後方空輸、その他医薬品や緊急を要する物資の搬送・指揮連絡に使用された軽飛行機用の飛行場であった。急造の飛行場であったため滑走路面にコンクリートなどは使用せずにコーラルを乗せてローラーで踏み固めて構築しており、その後も拡張されることもなく戦後間もないうちに破棄されたようだ。この飛行場が建設された要因は沖縄の道路事情の悪さにあった。幹線道路といいながらも車両がすれ違うことが困難なほど狭く、雨が降ると泥沼と化す状況では、大量の車両を投入する米軍の作戦進展には対応できないことが多かった。特に緊急を要する場合には深刻で、その対応として福地飛行場が開設されたものと思われる。
 現在、この飛行場はその痕跡さえ留めず、全域が耕作地(さとうきび畑・ビニールハウス等)に変貌している。しかしながら、この場所を耕作すると、当時滑走路に使用したコーラル (珊瑚礁:当時の写真で滑走路が白く見えているのはそのためである) が今だに出てくるそうで、邪魔になるために畦などに集めているという。現在の写真で石のように見えているのが当時の滑走路で使用していたコーラルである。