首里弁ヶ岳南側地区 (南風原町新川)                    2008年11月撮影

  写真の説明には「大名」とあるため、長年首里市街地の北西にある 「大名集落」 から首里方向を見た写真であろうと考えていたが、あらゆる地図・航空写真等を参考にしてもこの場所を探し出すことはできなかった。 ところが 「大名」 という地名は南風原町にも存在する。 概ね一致しそうな場所を探し出したが、当時の写真に写り込む中央の高い山が割り出せない。 この当時の写真の右端(上部)に写る斜面 (弁ヶ岳の標高は166mであるが、当時の写真では斜面だけで頂上部が撮されていないようだ)  がおそらく弁ヶ岳であろうという推測から、中央部の高い山は、首里と石嶺の間にある150数メートルの山ではないかと思われた。 しかもその山は地図上から頂上部が崖のように急峻であることから中央の写真と一致する。 この150数メートルの山は戦後削り取られ、今ではNTTの電波塔が建設され、山そのものの標高も110m程度となった。
   当時の写真と現在の写真は画角が一致しないが、 現在の写真の左端に見えるピンク色の家の位置に、当時の写真の右側にある焼けた1本の木があるとすれば、構図的に成り立つようだ。したがって、当時撮影した場所は車の位置から左へ約50mほどの地点かと思われる。 なお、この付近の住民の方の話によれば、戦後収容されず野ざらしの日本兵の遺体があたり一面に散乱していたという。 また現在でも付近の小川などからは、日米両軍の小銃弾や砲弾が掘り出されている。 戦争の影は今もこの地に残されているのである。