比謝集落の索敵(中頭郡読谷村比謝))                      2008年11月撮影

 この写真は多くの写真集・資料で「大湾」とされているものである。そこで大湾集落で調査を行い当時を知る多くの方々にお話しを伺ったが、大半の方々が 「この写真は大湾集落の写真ではない」 ということであった。そう言われる人たちのほぼ全員が指摘したのは 「中央の直線道路は現在の国道58号線ではないか」 ということであった。というのも集落内には比較的整備された直線道路がなかった(米軍の航空写真からもわかる)からで、唯一現在の国道58号線(当時県道)だけが直線道路であったというのがその理由である。ただし国道58号線に立ってみると大湾地区の上り坂が比較的急であり、どうしても背後の森の位置関係が成り立たたないのである(現在は道路向こう側がかなり高くなっていて、当時の写真のような比較的平坦な地形ではない)。
 ところが最近あるご老人から「なんとなく見覚えがあるが、これは比謝集落じゃないだろうか」とのお話しをうかがった。比謝集落と大湾集落はその境界を接し、どちらにも国道58号線が走っている。加えて道路脇に立ち並ぶ家屋は大湾集落と比謝集落が繋がるように建ち並んでいたようだ。そこで比謝集落を訪ねて当時のことを知る人にお話をうかがったところ、「このへんではないか」と言って案内されたのが現在の写真の位置である。
 当時の県道が走っていたのは、現在の写真の車線の一番手前と歩道の位置であったらしく、手前から2車線目からは家が建っていたらしい。家の裏手は少し高くなっていて畑や森が広がっていたということで、当時の写真を見ても確かにそのように見える。ただし航空写真ではこの付近が不鮮明で確実にこのポイントが撮影場所とは断定しにくい。

 当時の写真は米兵が完全武装であることから、上陸当初の4月1日か2日の撮影ではないかと思われる。この比謝集落の北にある喜名集落は4月1日に米軍が進撃しているし、喜名集落の東側にあった特設第1連隊第1大隊(実際は第56飛行場大隊主力)陣地は4月2日に全滅していることから、比謝集落への進撃も同日であろうと判断されるからである。尚、写真の米軍は当時の攻撃計画文書から判断すれば第1海兵師団第5連隊となる。