50m閉鎖曲線高地(米軍名「Hill60」) (浦添市宮城6丁目)              2006年11月撮影

 4月19日に牧港から侵入した米陸軍はその後も進撃を続け、城間地区での戦闘終了後に海兵隊と交代となった。それまで北部地区で日本軍と交戦してきた米海兵隊は遅々として進まない陸軍に対して 「腰砕けの陸軍に変わって海兵隊がカタを付ける」 という気持ちでこの戦場に加入してきた。その際に最初に遭遇したのがこの 「Hill 60」 の戦闘であった。
 担当の第1海兵連隊第2大隊F中隊は5月6日に通常の攻撃手順によって正面から進撃した。一旦はこの高地上に立つことができたが、それと同時に北側にある「Nan Hill」 という小さな高地から側面射撃を受けるとともに、対戦車火器により随伴の戦車部隊は瞬時に撃破されて窮地に陥り、わずか半日で撤退を余儀なくされた。翌7日も同じ攻撃方法で大きな損害を受け、初めて海兵隊は日本軍の強靱さに気づかされることになったのである。結局この丘の攻略に4日間を要し、甚大な死傷者を生じたことによって海兵隊はそれ以降の戦術を決定的に変更せざるを得なくなった。
 この日本軍名50m閉鎖曲線高地付近は現在では急速に宅地化されマンションの林立する一帯に変貌した。その場に立っても坂があることで高台であることに気づく程度で、北側にあった「Nan Hill」 に至ってはすでに傾斜も感じられないほど平坦地になってしまった。近所の主婦達が立ち話をし、まわりで子供達が遊ぶその姿からは60数年前の激戦は全く感じることができない。
 写真の撮影場所は実際は10m程後方だと思われるが、アングルはほぼ同じであると考えられる。この写真は沖縄の各種資料館等で使用されるが正確な説明がなされたものは全くなく、那覇市の戦闘や首里などと記述されているのが大半である。