安謝7574高地 (那覇市安謝)                     2009年11月撮影

 アメリカ軍の記録には「Hill 7574」と記されているだけであり、具体的な地名や名称はない。しかしながら米軍の作戦地図を見ると、沖縄本島を方眼で区切り、そのひとつひとつに番号が付されている。「7574」地区とは那覇市安謝地区のことであり、この方眼の中には顕著な高地はひとつしかない。それが写真の高地であり、米海兵隊はこの高地を「チャーリーヒル」と名付けていた。
 「チャーリーヒル」は米海兵隊第22連隊第1大隊C中隊が攻撃した高地である。5月10日早朝、C中隊は高地北側にある安謝川を渡り攻撃を開始したが、高地に張り巡らされた日本軍の洞窟陣地により、高地北側斜面に達しながらも背後から攻撃を受けて死傷者が続出した。11日になっても身動き出来ない状況であったが、16時過ぎにようやく戦車が到着して一気に高地頂上部を占領した。C中隊は総員256名で攻撃を開始したが、戦死35名・負傷者68名を出し、あまりに激しい戦闘から「チャーリーヒルの試練」と記録されることになった。だが、実際は翌12日も日本軍の逆襲などを受け、更に死傷者は増加している。
 現在の写真はほぼ同じ場所から撮影しているが、再開発により近代的なマンションや住宅が林立し、ほとんど高地を望むことは出来なくなった。ピンク色の構造物の右手奥にコンクリートの建築物があるが、これが「チャーリーヒル」である。 
 また、右の写真はこの「チャーリーヒル」を近くのマンション屋上から撮影したものである。道の形状から高地であることがわかるが、僅かに残された樹木だけが昔高地であったことの名残となっている。