伊江島 伊江中学校 (国頭郡伊江村西江前)                   2007年11月撮影

 現在の伊江中学校は日本軍は「学校高地」、米軍は「Goverment House Hill」と呼称した。その場所は島の中心である伊江城山の南側にひろがる台地で、伊江島の南海岸を一望する重要な防御拠点であった。この学校高地に東側に「女山」と称する小さな岩山(現在の村役場の裏側)があるが、この学校高地を含めて米軍は「Bloody ridge」(血の稜線)と呼び、日米双方の激戦地となった。特にこの学校高地は米軍が占領した後に、再度日本軍が奪回するなど、米軍公刊戦史でも大きくページを割いているほどの激しい戦闘であった。当時からコンクリート製の校舎は、舎内に双方が機関銃を据えるなどしたために徹底的に砲火が浴びせられたが、写真のように何とか基礎的な部分が残された。この校舎は戦後に卒業生らが集まって改修し、しばらくの間実際に教育の場として使用されたそうである。
 右の写真が修復されて使用されていた頃の写真である。写真中央の屋上に小さな出っ張りのある校舎が戦火に曝されながらも残された学校高地の校舎である。当時のこの校舎は現存せず、新しい校舎がその場所に建っている。同じ場所からの撮影は新校舎があって不可能であったため、現在の写真は当時の校舎の左端にあたる部分から撮影した。
    (右の写真及び校内からの写真撮影は伊江中学校の校長先生の許可を頂いて撮影しました。ご協力に感謝致します)