嘉数ポケット (宜野湾市嘉数)                        2009年11月撮影

 嘉数ポケットというのは米軍の使用した言葉で、狭い地域に日本軍を追い込んだにもかかわらず、なかなか撃破出来ない場所に「ポケット」という言葉を使用している。写真は嘉数北側高地頂上部から南方向を見たもので、眼下に嘉数集落、遠くに浦添断崖が見えている。
 4月9日から嘉数高地に対して攻撃を繰り返した米軍が実際に嘉数北側高地に立ち、この景色を目にすることが出来たのはおそらく4月20日午後だと思われ、その攻略に実に12日を要したこととなる。 4月19日には嘉数集落に米軍戦車が突進(30両が進撃したが、22両を日本軍に撃破されている) して集落を徹底的に破壊するものの、その後の集落の進撃も度々日本軍に阻止され、実際に嘉数集落を確保したのは24日朝のことであった。日本軍にとっては最後に嘉数集落周辺で抵抗したというものの、この4日間での戦闘で予想外の損害を受けており、生存者も 「もう何日か早く撤退していれば、その後の戦闘はもう少し様相が異なっていただろう」 と語っている。 撤退した日本軍は損害が大きく、引き続いて行われた前田高地の戦闘や安波茶・沢岻の戦闘などでも緒戦から苦戦に陥っている。 
 写真はほぼ同じ場所から撮影されていると思われる。当時畑や水田に囲まれていた嘉数集落も、周囲は住宅や工場の密集する地域となり、当時の面影はほとんど失われた。20数年前までは集落内に弾痕の残された石垣などが見られたが、近年は住宅や道路も近代化され、戦争の面影もほとんど感じられなくなった。