古宇利島から収容所へ (古宇利島)                    2009年11月撮影
   
沖縄本島北部から海を隔てた古宇利島の住民が収容所に向かうため水陸両用車両に乗り込む場面である。 ある書籍の記録では6月20日となっているが、米国の所有するフィルムの説明には具体的な日付が付されていないために、真偽の程は定かではない。 米海兵隊は4月1日に読谷村正面に上陸後、主に沖縄本島北部に向かって進撃、名護には4月7日に到達した。 その後、本部半島の掃討は4月20日に完了、更に21日には屋我地島、22日瀬底島、そして23日に古宇利島に上陸し、一連の掃討を完了した。  海兵隊の記述では 「第6偵察中隊が昼間に上陸をしたが、日本軍の抵抗は全くなかった」 となっている。 上陸は現在の港地区ではなく、日本軍の反撃を予想してか島の南東端に上陸している。
 対岸に見えるのは本部半島で、近年は本島から奥武島〜屋我地島を経由した橋が建設され、島の状況は大きく様変わりした。