小湾地区の掃討 (浦添市勢理客4丁目)                     2007年11月撮影

 写真説明では5月4日小湾とあるので、日本軍の攻勢移転(総攻撃)時における小湾地区での掃討を撮影したものだと思われる。
沖縄第32軍は5月4日の攻勢移転では陸上の戦闘部隊のみならず、約1200名の逆上陸部隊を編成し、米軍の後方地域海岸部に上陸させるという構想を実行に移した。逆上陸部隊は 「左逆上陸部隊」(那覇沿岸を出発して大山地区へ上陸:700名) ・ 「右逆上陸部隊」(与那原付近を出発して津覇地区へ上陸)の2隊に区分した。
 この写真に関係する 「左逆上陸部隊」 は船舶工兵第26連隊を主力として海上挺進第27・28・29戦隊などから編成し、5月4日0時頃那覇港を出発して大山海岸に向かった。ところが海岸沿いに北上中の0100頃、小湾の沖で陸上の米軍に発見されて海上艦艇から攻撃を受けたため、止むなく部隊主力は小湾地区に上陸し米軍との交戦に陥った。だが海岸線でほとんどが戦死、一部が小湾地区に潜入したが、米軍の掃討によって夜明けまでにほぼ全滅状態となった。
 写真は小湾地区の海岸線で日本軍を掃討している場面だと思われる。影の位置から明け方であることがわかり、上記説明のように小湾地区に潜入した日本兵を追い詰めている状況で、米軍側にも負傷者が出たため担架を搬出している場面であろう。
 堤防の向こう側は当時塩田が広がる平坦地であった。その中で写真にある小さな草地が米軍の航空偵察写真からも識別できるために、この場所を特定することができた。現在の写真に写る大きな近代的な建物は 「国立劇場おきなわ」 である。その横に走る道路が当時の堤防の線に当たる。