牧港渡河 (宜野湾市宇地泊)                        2005年12月撮影

   
 昭和20年4月18日夜から、米軍は牧港地区における渡河の準備、写真はその中の歩行橋であり、これは18日深夜に完成した。翌19日未明から米陸軍第27師団第106歩兵連隊が渡河を開始して、それまで膠着した感のあった日本軍の主陣地帯での戦闘は一気に大きな転換を迎えることになった。牧港地区はその日本軍主陣地帯の最西端にあたり、ここから米軍が浸透した結果、頑強な抵抗で米軍を一歩も踏み込ませなかった嘉数・西原の戦線が一気に破綻の途をたどり、米軍にとってはまさに「東京へのスタートライン」となった。
  この地区には18日から19日にかけて3本の橋が架けられている。最初に現在の国道58号線に車両用の橋を2本、同時にこの写真の歩行橋が1本の合計3本であったが、続いてこの歩行橋の下流側にもう1本補給用の橋が架けられた。その建設途中にあるのが上記写真右端に撮されている。したがってこの写真は4月19日のものということになり、さらに渡河してゆく兵士・補給橋を建設している兵士には戦闘の緊迫感がうかがえないので、既に戦線は南岸の伊祖・城間方面にまで伸びた昼頃ではないかと思われる。
  現在この地区は埋め立てが進んで当時の面影はほとんど残されていない。写真左上に崖が見えるが、その崖の位置から当時の海岸線が推察できる程度である。当時の撮影ポイントには降りることが出来ず、近くの場所には樹木があったため、高い位置からの撮影となっている。
 
本編 「伊祖高地の戦闘」 を参照のこと。