牧港1 (宜野湾市宇地泊)                        2007年11月撮影

                 

 4月1日に嘉手納正面に上陸以来、順調に進撃してきた米軍も4月8日に嘉数で大きな損害を受けて以来、全線で攻撃は膠着状態に陥った。打開策が見出せないままに時間が経過したが、各種偵察の結果から日本軍左翼(米軍右翼)の牧港付近の陣地配備が手薄であることを偵知、4月19日からこの牧港の牧港川を渡河して一気に伊祖高地に攻め入って嘉数・西原などを側面から包囲する方策を探った。一方日本軍は伊祖高地に重点的に陣地配備を行い、この牧港には何故か部隊を配備しなかった (後方1kmの29高地に独立歩兵第21大隊第1中隊を配備) ために米軍の架橋作業を妨害、破砕することが出来なかった。

 当時の写真は牧港川にかかる橋の方向を掩護する状況であるが、日本軍により爆破された橋はすでに米軍によって応急的に架橋されているが2本目の車両用架橋がなされていないこと、米兵が完全武装であることなどから4月19日の撮影だと思われる。
 この撮影場所はすでに宅地となっており撮影は不可能であったため、前に出て若干近い距離から撮影している。当時の写真に写っている橋 (牧港旧道橋を参照) は現在の写真では遥か奥になっており、手前に見える橋はその橋ではない。高架橋や手前の橋は、当時の写真ではちょうど写真の真ん中付近に位置する。