真壁地区の戦車戦闘 (糸満市真壁)                      2008年11月撮影

 この写真に関しては地名が記述されたものがなく、撮影日だけが6月15日とされている。この日付から考えれば、当時の米軍の進出線である糸満市国吉地区か八重瀬町具志頭地区となるのだが、実際にその場所に立ってみると当時の写真のような地形が存在しない。そこで当時の地図から、戦車の機動できる平坦な地形と、その背景にある集落及びなだらかな稜線を探し、それに該当する地域を全て調査した。その結果見出したのが真壁地区である。
 当時の写真の戦車群の手前に小さな木の生えた小山があるが、実はこれは墓なのである。現在の写真の中央にある小山も反対側から見ると墓とわかるのであるが、周囲の盛り土に樹木が密生して小山のように見えている。現在の写真の小山に該当するものが、当時の写真の左外に写っているのだが、今回は全般的な地形を重視して撮影したという理由に加えて、当時の撮影ポイントは既に密林であり、立ち入ることも不可能であったため、本来の撮影ポイントより左へ50mほど移動した場所で撮影している。そのために若干アングルが異なっている。 背景に見える集落は真壁集落となる。
 さて、撮影日についてであるが、この場所に米軍の戦車群が進撃し真壁地区を包囲したのは6月19日である。写真からは戦闘隊形で進撃する戦車部隊や砲弾煙などが確認できることから、この写真はほぼ最前線で撮影されたものであることがわかる。したがって、6月15日というのは誤りで、実際の撮影日は6月19日であると推察した。