真嘉比南側高地(クレセントヒル)の戦闘 (那覇市真嘉比)               2008年11月撮影

 真嘉比南側高地(クレセントヒルは、沖縄戦最大の激戦地である安里52高地(シュガーローフ)の東側に連なる標高約45mの丘である。 写真のように前面に障害となる地形もなく、米軍側斜面は戦車の機動も可能なこの丘は、5月15日から31日 (日本軍撤退) まで実に17日間にわたる米軍の攻撃に耐えて日本軍が死守したのである。 当時の写真で黒煙を上げる丘が真嘉比南側高地(クレセントヒル)で、その右側の谷を挟んで少し盛り上がって見える丘が安里52高地(シュガーローフ)の東端である。
  この地区を担任したのは米海兵隊第6海兵師団第29海兵連隊で、日本軍の射撃を避ける障害物のない平地からの攻撃を避け、両高地の間の谷間(隘路)から幾度となく攻撃を仕掛けた。 しかし、日本軍もその企図をあらかじめ見抜いて火力を集中させていたために、米軍の損害は増大する一方であった。 写真はそのような攻撃の一場面であるが、戦車が丘の西端に進出していることから、5月16日の攻撃であると推定できる。 5月16日は米軍側の記述によれば、米軍側の死傷者数がおそらく日本軍を上回ったという 「沖縄戦最悪の日」 であると位置づけられているが、このクレセントヒルでも第29海兵連隊第1大隊・第3大隊が、戦車を先頭に中央右の谷間(隘路)を通過して攻撃を行った。 写真手前の兵士は位置関係から第29海兵連隊第1大隊C中隊で、その奥に小さく数名の兵士が写っているのがA中隊となる。 尚、戦車部隊が谷間を通過したのが14時で、その後続に第3大隊G中隊・I中隊が進出を図っているが、この写真はまさにその時間帯のものであると思われる。(戦車部隊等の進出部隊は夕刻にすべて撤退)。  
  この地区一帯は再開発のために造成工事が進行中である。 C中隊が日本軍の夜襲に怯えて掩体を掘った小さな丘(写真の兵士のいる場所)はすでになく、ハーフムーンもやがて姿を消すことになっている。 現在の写真でも造成工事が確認できるが、この地区からは多くの遺骨・遺品が掘り出され、当時の戦闘の激しさが理解できる。 写真右端の「シュガーローフ」側はすでに再開発が終了し、当時の写真にある谷間には現在モノレールが走っている。

                                                                                          参考 : 安里52高地(シュガーローフ)の戦闘