恩納村旧仲泊橋 (国頭郡恩納村仲泊)                     2010年11月撮影
   
 米軍上陸海岸である嘉手納正面から名護市に至る海岸線の経路は、幹線道路でありながら道幅が狭く、当時「名護七曲」と呼ばれているくらい曲がりくねった道路であった。 日本軍はこの地区には部隊配置をせず、主に第4遊撃隊による橋梁の爆破により名護地区への米軍の進出を妨害する程度の抵抗しかすることが出来なかった。 第4遊撃隊も数多い橋梁を全て破壊することは出来ず、効果的に米軍の進出を妨害できるものを選択して爆破したようで、手つかずの橋も多かった。 この仲泊橋も爆破されなかった橋のひとつで、後出の「第4遊撃隊破壊橋梁」は、この仲泊橋のひとつ嘉手納寄りの橋である。 この二つの橋を比較した場合、仲泊橋は浅瀬に建設されていたため、仮に破壊しても装軌車であれば簡単に渡河できる状況であったが、後出の「第4遊撃隊破壊橋梁」の橋はすぐに海が迫り、山側は橋の直ぐ近くに斜面が迫っていたため、簡単には車両が通過できない場所にあった。
 旧仲西橋の現在は当時の橋とは異なっており、すでにほとんど使用されない状況で密林の中に埋もれていた。 この旧仲西橋のすぐ横(海側)には戦後建設されたであろう国道58号線が走っており、さらにこの道路も旧道となり、バイパスされた現在の58号線は遥か海側(埋め立てられて道の駅となっている)を走っている。 すでに旧58号線からもほとんど見ることは出来ない。 撮影場所は当時の写真で米兵が立っている場所に旧58号線が通り、その道路上、つまり米兵の上空5mくらいから撮影したものとなっている。