国道58号線 泊港付近の戦闘 (那覇市泊2)                   2006年11月撮影

 第22海兵連隊第2大隊で5月15日から21日の間。この写真の説明には「第22海兵連隊の那覇市街への進撃(1945年5月)」という説明が付けられている。この国道58号線沿いの攻撃(写真背景の高台を下って撮影者の方向、すなわち撮影者の後ろが那覇市となる)は当初第22海兵連隊第3大隊が攻撃を担当したが、5月14日になっても写真の背景にある高台にも到達できなかった。高台から降りてきて安里川(那覇市の北を流れる)河岸に到達したのは5月21日で、その時の担任部隊は第22海兵連隊第2大隊であった。したがって、この写真が撮られたのは第2大隊が投入された18日から21日の間に撮影された写真となる。
  米軍にとって沖縄戦で最悪の日という5月16日に「安里52高地」(シュガーローフ)で戦ったのがこの第22海兵連隊第2大隊であり、13日から16日までの間に約400名以上の死傷者を生じている。この時の副大隊長が在沖縄海兵隊基地(キャンプ・コートニー)にその名を残すコートニー少佐であった。あまりの死傷者の多さに第2大隊は17日からシュガーローフの戦闘から外されて、この58号線沿いに移されたのである。
  写真の撮影場所は現在の那覇市泊フェリーターミナルから約400m北、すなわち天久台に上るため国道が登り坂になってから少しばかりの所の一本東の裏通りとなる。現在では国道はほぼ直線に近くなっているが、当時は左右にカーブしており、その取付は戦時下の写真からも見て取れる。戦時下の写真では中央右に建物の土台が見えるが、この場所は航空写真や当時の地図と現在の地図を照らし合わせた結果、現在の写真中央に見える交差点付近であるとがわかった。       道路の取付などは「泊高橋北側地区1」を参照のこと)