戦場となった西原町一帯 (那覇市首里鳥堀町から西原町)               2005年12月撮影

                                       
 首里鳥堀町から西原町一帯を望む惨憺たる戦場を撮した写真で、焼かれた木々や砲弾の穴などから終戦に近い頃のものであると思われる。一番遠い稜線が米軍が呼称する「スカイライン」、その手前に日本軍の総攻撃で第24師団歩兵第89連隊が突撃した呉屋高地、第24師団歩兵第32連隊第1大隊が守備した小波津地区、歩兵第22連隊が守備した幸地地区、そして首里を守る最後の戦線となった150高地地区等々、沖縄戦での激戦地が一望できる貴重な写真である。嘉手納正面に上陸後の米軍が「スカイライン」に到達したのが4月20日であり、この写真の撮影ポイントを突破したのが5月30日であったので、約4kmの距離を40日(1日平均100m)かけて進撃したことになる。この進撃速度こそは圧倒的な火力・物量の差があった中での沖縄戦が如何に過酷な戦闘であったかを物語り、装備が同じであったなら日本軍が勝利していたと言われる所以である。
  戦後60年以上を経過して、高速道路や病院、団地などが建設され開発の一途を辿るものの、未だに戦場の面影を残している地域である。しかしながら、この写真の撮影場所は諸状況を考えあわせると近いうちに造成されるのではないかと思われる。
  写真は戦時下の写真とほぼ同じ場所から撮影したが、手前のススキの背が高くて若干高い位置からの撮影となっている。