西原高地への前進 (宜野湾市真栄原1)                    2006年11月撮影

 この写真には 「4月21日第382連隊第3大隊が前方の高地の東側(左へ)へ向かうために第381大隊の担任地域を通過している」 との説明が載せられている。4月19日に日本軍第一線陣地西端にあたる牧港地区において米軍は渡河を強行して戦線を突破、21日にはこの西原そして嘉数の後方に回り込みつつある時期であるが、日本軍の防御陣地は鉄壁の守りで西原・嘉数ラインに米軍を一歩も立ち入らせなかった。写真に見える第382連隊第3大隊は、この後正面の西原高地の攻撃を行うが、3度の反撃にあって戦力が半減、この日の夜に他の部隊に交代せざるを得ないほどの損害を生じている。写真の兵士も何人かはこの日に命を落としているのだろうか。
  当時の撮影ポイントはほぼ特定出来たのだが、民有地となり家も建てられていたために、その位置よりも距離にして約10m前方の少し低い場所から撮影をしている。アングルが多少上を向いてはいるが、地形的な面ではほとんど同じ位置に重なっている。中央部の川は建物で見えてはいないが、同じ位置に現在も流れている。現在の写真の一番下中央に僅かに畑が見えるが、この場所を兵士が歩いているのである。
  ちなみに右に2002年撮影の写真を載せてみた。2006年撮影の場所から50mほど左後方に移動した場所から撮影したものだが、こちらのほうが戦時下の写真の風景を彷彿とさせる。この場所には現在マンションや駐車場が建設され、もはや同じ位置での撮影はできない。わずか5年にして戦場の面影は一変してしまった。これが現在の沖縄の開発速度なのである。