小禄 最後の掃討 (那覇市小禄1丁目)                    2007年11月撮影

                              
 小禄地区における日本軍の組織的な戦闘は6月11日をもって終了した。一部の日本兵は抵抗を示したものの、夜間に国場川(漫湖)を渡って那覇市側に脱出しようとする兵士も多く、指揮系統の混乱や崩壊が顕著となった。第6海兵師団は6月12日に小禄のほぼ全域を掌握し、残すは豊見城城址北西側の湿地帯部のみとなった。湿地帯にはまだ多くの日本兵が散在したようで、この12日だけでも86名の日本兵が投降した記録がある。そのために第6海兵師団第29海兵連隊は6月13日に湿地帯部の全面的な掃討作戦を実施したが、上の写真がその掃討作戦を撮したものである。
 一番奥の高い丘が海軍司令部のあった74高地であり、湿地帯は現在の那覇市小禄1丁目のほぼ全域がその場所に相当する。撮影ポイントは高地手前を走る道路の形状や写真中にわずかに写っている湿地帯内の小径などを米軍の航空偵察写真や戦後米軍が作成した地図などから判別した。撮影位置は現在は 「県営豊見城高層住宅」 となっている。本来は地上からの撮影であるが、地上からでは全景が全く写せず、やむなく高層住宅の上層階のある一室から事情をお話しして撮影を許していただいた。現在のこの変貌振りにはただただ驚かされるのみである。