海軍司令部74高地 (豊見城市我那覇)                    2007年11月撮影

 小禄半島での海軍部隊の戦闘も6月11日に海軍司令部内で大田司令官が自決して組織的な戦闘は終了した。資料には6月の撮影となっているために、組織的戦闘が終了した後の写真であろう。作業している兵士達の姿も戦闘中のものとは思われない。
 写真右奥に見える丘が海軍司令部のあった74高地であるが、この方向から見る限り砲爆撃による痕跡は殆ど見ることが出来ないのは不思議である。おそらくはこの方向からの攻撃が戦闘の最終段階であったこと、つまり海兵隊の主攻撃方向は北側から(この写真は南西から見ている)であったことに由来していると思われる。この時期は梅雨時期で、写真の集結している戦車は各車とも丸太をくくりつけており、恐らく泥沼で動けなくなった時に使用するためのものであろう。5月下旬から6月中旬にかけて米軍は日本軍よりもぬかるむ泥に苦戦したと言われており、残された写真の中に泥で動けなくなった大砲や戦車などが多数見受けられる。
 撮影場所はほぼ当時のポイントと同一位置だと思われる。うねうねと続いていた耕作地も今は住宅の密集する宅地に変化した。この撮影場所だけが唯一当時の面影を残した場所のような気がする。