渡慶次小学校 (那覇市安謝)                      2007年11月撮影

 渡慶次小学校は米軍の上陸地点である嘉手納正面の北外れにあり、日本軍の配備もなかったために直接的な交戦はなかったと思われる。しかしながら米軍は上陸前の3月23日から上陸準備射撃を航空攻撃や艦砲射撃(24日から)で実施しており、上陸予定地域付近は徹底した砲爆撃に曝された。この渡慶次小学校も、その際の艦砲射撃で破壊されたようで、写真を見る限りは建物はある程度健在ながら、ガラスが全て吹き飛ばされるなど至近弾の爆風によって大きな損害を受けている状況である。
 写真は米軍上陸後、かなり時間を経過した頃に米軍が施設の点検などのために訪れているものと思われる。米軍の航空偵察写真などから識別すると、写真の校舎は二棟続きのうちの北側の校舎である。当時の樹木の位置などから、この校舎は現在のグランドの一番校舎よりに建っていたものと推定される。その位置から考えると左の樹木のあった場所は、現在の写真で人が立っている付近となる。