安里52高地1 (シュガーローフ) (那覇市おもろまち1丁目)                 2006年11月撮影

                    
 安里52高地は沖縄戦において米海兵隊が最も苦戦を強いられ、あまりに激しい日本軍の反撃に数多くの死傷者と精神錯乱者を生み出した場所である。周囲の地形からすれば僅か30m程度の小山ではあるが、この地区を米軍が確保すると首里複郭陣地の西部戦線が破綻するという守備側にとっての最後の拠点であった。5月12日に第6海兵師団第22海兵連隊がこの高地を攻撃して以来、5月18日までに米軍側の公式記録では総計11回の攻撃が行われたが、その度に日本軍の逆襲が行われて進撃することも撤退することも出来ずにそのまま高地上で徹底的に殲滅されたのである。 この間、直接戦闘に関わった第22海兵連隊と第29海兵連隊を中心として2662名の死傷者と1289名の戦闘疲労の兵士を生じるとともに、3名の大隊長と11名の中隊長が死傷後送されるという海兵隊史上類を見ない激戦となった。
 この安里52高地は現在那覇副都心のおもろまちの中に奇跡的に残されている。しかしながらその形状は大きく変化し、高地の西側は削り取れれ、標高も低くなり、その台上に給水タンクが建設された。当時の写真と現在の写真は撮影場所はほとんど同じであると思われるが、西半分が削られたために現在では山裾がなくなっている。
 当時の写真は沖縄戦の写真集などで必ずと言っていいほど掲載される有名な写真である。一見すると戦闘直後のようではあるが、実際は海兵隊員の遺体で埋め尽くされ、その収容に時間を要したために写真のような状況までには数日を要したようあり、それから考えると5月下旬だろうと思われる。