首里城 継世門 (那覇市首里当蔵町3)                     2006年11月撮影

  首里城継世門の写真である。戦時下の写真右にあるアーチ状の門が現在の写真の中央右に見える赤と白の門に相当する。同じアングルを追求したが周辺は住宅地化さてれおり、どうしても正面からの撮影が出来なかったため、やむを得ず左側方からの撮影となった。
  沖縄第32軍司令部はこの堅牢な石垣に囲まれた首里城の地下に建設されており、そのために米軍の徹底した攻撃目標となった。その破壊力は徹底したもので、首里城は石垣さえもが粉々になり、その再建は困難とされてきたが、各方面の復旧努力によって徐々にではあるが復元範囲が広がっている。ただし写真の継世門付近は未だに復旧中であり立入が出来ない状態となっている。近年首里城が徐々に復元されてゆくのに伴って、第32軍司令部壕も復元・公開の話が何度か持ち上がったが、修復の困難性などから未だに実現はされていない。修学旅行生や団体旅行客でにぎわう有名な「守礼門」の直ぐ近傍には司令部入口の第1坑(守礼門近くで閉坑)、第2坑、第3坑(学校敷地内でいづれも閉坑)、首里城南側には第4坑(民有地閉坑)、第5坑(現存)が残されるなど、今だに戦時下の名残を見ることが出来る。