本部飛行場 (国頭郡本部町豊原)                      2007年11月撮影

 本部飛行場は、別名 「桃原飛行場」 とも呼ばれ、1945年(昭和20年)6月に建設された日本本土へ向けた偵察用航空機の飛行場であった。戦後は兵站物資の集積所や演習場として使用されることもあったが、沖縄本島の航空基地の統一運用によって嘉手納基地(空軍)と普天間基地(海兵隊)以外は閉鎖された。そして最終的には1971年(昭和46年)に日本へ返還されて現在に至っているが、原状回復義務が日本側にも米国側にも課せられていないため、放置された状態で現在に至っている。跡地利用について跡地利用調査委員会なども立ち上げられたが、強制接収した土地の地籍さえ割り出すのが困難であり、リゾート計画や自衛隊施設の建設などの話しも立ち上がっては消えてしまった。ここにはまだ複雑な沖縄戦の影が残されているのである。
 写真は背景の山並みからほぼ同じ場所だと思われる。強固な耐性を持つコンクリート製の滑走路も放置されたまま雑草が生え、駐機場などは樹木に覆われてその姿を消しつつある。