渡嘉敷島阿波連海岸への米軍上陸(渡嘉敷島阿波連)              2009年11月撮影
   
米軍は沖縄本島への上陸に先だって、1945年3月26日に座間味島・阿嘉島等へ、翌27日には海上挺進第3戦隊の守備する渡嘉敷島への上陸を開始した。 3月27日0900頃、猛烈な砲爆撃の支援下に阿波連海岸(米306連隊第2大隊)及び渡嘉志久海岸(米306連隊第1大隊)に米軍が上陸を開始した。 この阿波連海岸には海上挺進第3戦隊第1中隊が配置され特攻艇による攻撃を準備していたが、朝の爆撃及び艦砲射撃によって舟艇はほとんど破壊され、27日夜に阿波連を離れて北部複郭陣地へ後退した。
 写真は米306連隊第1大隊が阿波連海岸に到達した時のもので、上陸前の砲爆撃により阿波連集落から煙が立ち上っている。 尚、住民は米軍の上陸と共に軍が占領していた渡嘉敷島北部に避難していた。 この避難とその後の集団自決は軍の関与を巡って現在も大きな禍根を残している。
 写真はほぼ同じ位置の海上から撮影している。 この撮影に協力していただいたのは、集団自決の生存者である大橋さんで、この後集団自決の場所へ案内していただき、当時の状況を詳しく説明していただいた。