渡嘉敷港 (渡嘉敷島渡嘉敷)                    2009年11月撮影
   
 1945年3月27日に米軍は阿波連・渡嘉志久の両海岸に主力を上陸させたが、一部を留利加波海岸(島北西部)と渡嘉敷港に上陸させている。 おそらくは戦闘ではなく偵察を目的としたものと思われる。 この渡嘉敷港の北側 (写真手前側) に日本軍複郭陣地があり、28日に米軍はこの港付近から北上して攻撃を行った。 写真には一列になって歩く米軍部隊が見え、さらに米軍天幕等も散見されることから、上陸後かなり時間の経過したものだと思われる。
 当時の写真は、この港を一望し、さらに日本軍陣地をも見渡せる「A高地」という場所から撮影したものである。現在の写真において右端に見える急斜面の山が「A高地」であり、そこからの撮影を企図したが、急斜面の上植生が密集して撮影不可能であったため、ひとつ後ろの山から撮影した。 現在のフェリーターミナルは戦後埋め立てによって作られたものであり、当時の集落は学校の向こう側となる。