富盛の石彫大獅子 (島尻郡東風平町富盛)                 2005年12月撮影

 沖縄本島南部、東風平町富盛にある「石彫大獅子」が写るこの写真は沖縄戦に関する写真集に必ずと言っていいほど登場する写真である。この地区を前進したのは米陸軍第96師団第381連隊第1大隊であり、この場所には昭和20年6月11日に到着している。6月11日は具志頭・八重瀬岳・与座岳・国吉(糸満)の全線で戦線が膠着し、日本軍は最後の主陣地線で激しい抵抗を示した。381連隊第1大隊も同じ状況で、しばらく戦線は膠着するかと思われたが、翌12日朝に珍しく霧が発生し、381連隊の左に展開する第17連隊が霧に紛れて八重瀬岳台上に進出したことで日本軍の戦線は一気に崩壊へと向かった。
  写真中の兵士の目線の先には米軍が「Big Apple」と呼称した八重瀬岳の絶壁がそびえている。現在では木々に被われてその姿を見ることはできないが、当時のように樹木のない状況ではその頂上部まで距離で500mであったため非常に近距離に感じたであろう。一部の資料では6月18日の撮影とされているが、6月18日には戦線は八重瀬岳・与座岳を越えて摩文仁付近まで達しており、その点から考えると非常に不自然である。推測の域は出ないが、残された資料では6月12日の天候は曇りであること、第17連隊が八重瀬岳東側から台上に登ったことで日本軍の戦線が後退したことなどから、この写真は12日に八重瀬岳正面からの攻撃を実施した第381連隊第1大隊の攻撃開始前の偵察及び中隊長等の打ち合わせのシーンではないかと考える。写真ではわかりにくいが左遠方に砲弾が落下して白煙があがっており、これが日本軍の砲弾だとすれば18日にはすでに砲を全て失っていたことからも18日という状況は想定しにくい。
 大獅子に残る弾痕であるが、この痕跡は写真と同じ位置に今でも残っている。まさに歴史の生き証人として今も風雪に耐えながらじっと八重瀬岳の方向を向いている。