第4遊撃隊破壊橋梁 (恩納村仲泊)                   2005年12月撮影

                               
 写真は米軍上陸直後に第4遊撃隊(隊長岩波大尉)が破壊した仲泊地区の橋である。写真は日本側の公刊戦史である戦史叢書「沖縄方面陸軍作戦」に載せられているもので、おそらく戦後ある程度時間が経過したものであろうと思われる。日本軍は米軍の上陸が近いと判断した頃から予想進出経路上の橋を破壊している。しかしながら米軍の記録で、破壊された橋によって進撃が滞ったという記述はほとんどなく(あるのは那覇市明治橋、安謝川、牧港の各橋梁で本島南部地区)、その効果は非常に軽微であったと判断できる。鉄血勤皇隊員として動員された方の証言によると、「1ヶ月かけて破壊した名護市の橋梁も米軍は数時間で仮設架橋を建設して渡河した」ということである。
  破壊する橋梁はその周辺に迂回路がない橋ということになり、併せて尾根を回り込む所にある橋を落とすのが鉄則である(谷を回り込む橋梁は両側から連携が取れて工事しやすいため)。写真の橋は当時撮影側が海、向こう側が山という地形であり、その点では理にかなった場所であったといえる。しかしながら橋梁自体が小さく、この程度では戦車の通過はおろか歩兵の進撃にも大きな問題にはならなかったのではないだろうか。恩納村博物館の裏手にあるこの場所は海側が埋め立てられて国道58号線のバイパスが走る。