宇堅橋1 (うるま市宇堅)                        2007年11月撮影

 宇堅橋は米軍上陸後に日本軍が後退する際に爆破した橋のひとつである。当時米軍が上陸した嘉手納正面には飛行場建設を主任務とした特設第1連隊 (飛行場建設や航空機補給部隊が主力) が布陣してはいたが、小銃すら定数に達しない兵力・火力では強力な米軍火力に抗する術もなく、米軍上陸直後から後退を余儀なくされた。 さらに連隊の後退を統制する無線等も皆無に等しく、各部隊がバラバラに後退する結果となった。一部の部隊は後退しつつも、先に第24師団が構築した陣地を活用しながらの遅滞戦闘を行っているが、その中でも命令無視などが相次ぎ、後退は混乱を極めた。 同じ部隊でありながら、北の石川岳に向かおうとする者、南の軍主力に合流しようとする者などがあり、この宇堅橋も混乱の中でどの部隊が爆破したのか定かではない。
 現在、宇堅橋は主要道路(現在の写真の右端に車が見える)から外れ、主に地元の住民が利用する静かな橋となっている。橋のたもとには砲弾で破壊されたのか、半分壊れた石碑が残されており、その歴史を物語る証人となっている。
 尚、数々の文献ではこの写真の橋を「天願橋」としているが、「天願橋」は別の場所であり、この橋もまた日本軍によって爆破されたが、その一部が現在もそのまま残されている。
                  (この宇堅橋については 「うるま市教育委員会文化課 うるま市立石川歴史民俗資料館」 からのご教授によって位置が特定できました)