軽便鉄道与那原駅 (与那原町与那原)            2005年12月及び2006年11月撮影

 昭和20年5月22日0200に米陸軍第7師団第184歩兵連隊G中隊は、激しい雨の中を一列になって南進、軽便鉄道与那原の裏にある「スプルースヒル」(松の木の丘)を目指した。日本軍には「アメリカ軍は夜間や悪天候時には行動しない」という考えが浸透していたために、この行動は完全に虚をつかれた格好となった。雨音に足音がかき消された漆黒の闇夜の中、0415からG中隊は「スプルースヒル」攻略を開始、引き続いてF中隊も市内へ突入して与那原は瞬時に占領されたのである。
  写真は軽便鉄道与那原駅の状況である。上記の184歩兵連隊G中隊が市内に侵入した際にはすでに「廃墟であった」記述があり、この駅の惨状は攻撃準備射撃などの集中砲火によるものであろう。一見すると復元不可能に思える駅舎であるが、実はこの後基本的な柱などはそのまま使用されて現在に残されている。現在は「JAおきなわ」の建物となり増改築されて当時の形状はほとんどわからないが、実はこの建物の裏側に当時の駅舎の構造を見ることができる。それが右の写真である。確かに狭い柱の間隔などは当時の面影を残すものである。尚、与那原駅の背後に見える丘が「スプルースヒル」であり、焼け野原ではあるが言葉どおりに木々が残されている。現在はこの丘には与那原町役場等が建てられている。
  当時の撮影ポイントは更に左後方であるが、この周辺は狭い道に住宅地や商店が密集しており、これよりも後ろに下がることはできなかった。また後方には「スプルースヒル」があるのだが、建物の陰で見ることができない。