対馬丸撃沈事件
1944年8月22日22時12分頃、那覇から長崎へ向かっていた学童疎開船・対馬丸が、鹿児島県悪石島の北西約10kmで米潜水艦ボーフィンの雷撃を受け沈没した。乗船者1788人のうち、学童784人を含む1484人が犠牲になった(2018年8月22日現在の氏名判明分)。国策として進められた疎開が子どもの大量死につながった事件であり、以後も事件は箝口令下で伏せられた。
| 場所 | 鹿児島県悪石島北西約10kmの海域(出港地は那覇港) |
|---|---|
| 関係した部隊 | 米潜水艦ボーフィン |
| 犠牲者数 | 1,484 人 |
関連する戦跡
- 小桜の塔慰霊・記念
対馬丸で亡くなった学童を慰霊する塔。
主な出典
- 沖縄県公文書館 ウェブ公開資料(あの日の沖縄・所蔵資料展) 出典を見る
出来事ID: EV0003