第32軍南部撤退後の軍民混在と住民被害
1945年5月27日に第32軍が首里から南部へ撤退すると、すでに本島南端へ逃れていた住民と軍が同じ地域に混在することになった。避難壕は軍に接収され、住民は壕から追い出されたり、食糧を奪われたり、投降を妨げられたり、方言を理由にスパイと疑われて殺害されたりした。沖縄戦の民間人犠牲を理解するうえで中心となる出来事である。
| 場所 | 島尻地域(糸満市・八重瀬町・南城市・豊見城市ほか) |
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| 関係した部隊 | 第32軍 |
用語について
「ガマ追い出し」「住民虐殺」「スパイ視」はいずれも証言・自治体史で用いられる表現。
関連する戦跡
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主な出典
- 沖縄県公式ホームページ 沖縄戦関連ページ 出典を見る
出来事ID: EV0034