米軍の沖縄本島上陸
1945年4月1日、米軍は読谷から嘉手納・北谷にかけての西海岸に上陸を開始した。艦船約1400〜1500隻、兵員約18万3000人、上陸部隊は第6海兵師団・第1海兵師団・第7歩兵師団・第96歩兵師団の4個師団。第32軍が水際決戦を避けたため大きな抵抗はなく、米軍は同日中に北飛行場(読谷)と中飛行場(嘉手納)を占領した。以後、戦場は南へ移っていく。
| 場所 | 読谷村渡具知〜嘉手納町〜北谷町の西海岸 |
|---|---|
| 関係した部隊 | 米第10軍、米第24軍団、米第3水陸両用軍団、米第6海兵師団、米第1海兵師団、米第7歩兵師団、米第96歩兵師団、第32軍 |
| 関係した人物 | サイモン・B・バックナー・ジュニア、牛島満 |
用語について
当時から「無血上陸」という表現があるが断定を避け、本DBでは「大きな抵抗なく」と記述する。
関連する戦跡
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主な出典
- 沖縄県公文書館 ウェブ公開資料(あの日の沖縄・所蔵資料展) 出典を見る
出来事ID: EV0013