民間人収容所の設置開始
米軍は上陸直後から住民を戦場から隔離して収容し、1945年4月3日には美里村石川で収容が始まった。収容地区は周辺離島を含めて16地区に設けられ、30数万人がそこで生活した。石川には戦前の人口をはるかに超える住民が集められている。食糧・衛生の不足から栄養失調による死者も多く、住民にとって戦争は戦闘終結後も続いた。
| 場所 | うるま市石川ほか、周辺離島を含む16の収容地区 |
|---|---|
| 関係した部隊 | 琉球列島米国軍政府 |
用語について
「収容所」は民間人収容所と捕虜収容所を区別して扱う。
関連する戦跡
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主な出典
- うるま市 石川地域資料
- 沖縄県公文書館 ウェブ公開資料(あの日の沖縄・所蔵資料展) 出典を見る
出来事ID: EV0017