首里放棄と南部撤退の決定
首里包囲が迫るなか、第32軍司令部は1945年5月22日に新たな作戦計画を定めた。首里での防衛継続、知念半島への撤退、喜屋武半島への撤退といった選択肢を検討したうえで、喜屋武半島へ後退して持久を続ける方針を決めている。本土決戦の準備時間を稼ぐという判断だったが、南部一帯にはすでに多数の住民が避難しており、以後の民間人犠牲が飛躍的に増える結果となった。
| 場所 | 那覇市首里(第32軍司令部壕) |
|---|---|
| 関係した部隊 | 第32軍司令部 |
| 関係した人物 | 牛島満、長勇、八原博通 |
関連する戦跡
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主な出典
- 沖縄県 第32軍司令部壕 出典を見る
出来事ID: EV0030