収容所からの帰村開始と土地の接収
1945年10月23日、米海軍軍政府は指令第29号「住民再定住計画及び方針」を出し、収容所の住民が旧居住地へ戻る道が開かれた。ただし周辺離島を含む16地区に30数万人が収容されており、1946年4月時点でも約13万人が軍用地接収などのため帰れずにいた。帰村の時期は地域差が大きい。戦場が基地に変わり住民が土地を失うという戦後沖縄の基本構造は、この時期に始まっている。
| 場所 | 沖縄本島全域(特に読谷村・北谷村・嘉手納・宜野湾) |
|---|---|
| 関係した部隊 | 琉球列島米国軍政府 |
用語について
「帰村」は収容所から旧居住地への移動を指す当時の呼称。
関連する戦跡
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主な出典
- 沖縄県公文書館 琉球政府の時代 出典を見る
出来事ID: EV0053